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政治家

盛岡市

盛岡市

楢山 佐渡 (1831~1869)

  • 明治維新
  • 1852年、盛岡藩家老職につく。藩の安泰を図り、学問を修め詩歌の道にも優れていた。明治3年報恩寺にて打ち首にされる。

中嶋 源蔵 (1829~1868)

  • 明治維新
  • 勤皇の志士。盛岡藩の目付役。

目時 隆之進  (1823~1869)

  • 明治維新
  • 勤皇の志士。寺社奉行兼大目付。

南部 利剛 (1826~1896)

  • 明治維新
  • 維新の盛岡藩主。南部家の40代当主で諸政を一新した。

南部 利恭 (1855~1903)

  • 明治維新
  • 1868年白石転封、1869年3月版籍奉還。書を修め、仁王小学校に現存する「作人館」の額は若年時の書で老成の感があるといわれる。

東 次郎 (1835~1912)

  • 明治維新
  • 1869年盛岡県大参事。1883年外務省出仕。

鈴木 舎定 (1856~1884)

  • 自由民権運動
  • 盛岡市出身。自由民権運動家。求我社で「盛岡新誌」創刊。板垣首班の自由党を結成、党大会には星亨らと並び常議員席に就き、将来日本の政治を担う大器と目されながら、志半ばに29歳で没した。

伊東 圭介 (1857~1895)

  • 自由民権運動
  • 盛岡市出身。自由民権運動家、政治家。1895年総選挙当選直後東京で死去。

横川 省三 (1865~1904)

  • 自由民権運動
  • 盛岡市出身。自由党の加波山事件に連座し入獄、のち朝日新聞記者。1904年、ハルピンで銃殺刑に処せられる。

上田 農夫 (1848~1895)

  • 自由民権運動
  • 県警の久慈・一関所長歴任、のち求我社に入り1879年県会議員に当選。フランス語塾を開設し西洋教育に尽くした(現白百合学園)。

鵜飼 節郎 (1856~1931)

  • 自由民権運動
  • 盛岡市出身。求我社で民権運動で活躍、のち自由党を経て政友会系代議士1期つとめる。

谷河 尚忠 (1834~1918)

  • 自由民権運動
  • 求我社で鈴木舎定らとともに活躍。のち自由党代議士を4期つとめる。岩手自由党長老。自由民権運動の先駆者、教育者、郷土史家としての功績は大きい。

坂本 安孝 (1856~1917)

  • 自由民権運動
  • 求我社に参加し、「盛岡新誌」編集・発行人。のち第九十銀行頭取、岩手日報社前身の岩手日々新聞社主ほか歴任。

杉村 濬 (ふかし) (1848~1906)

  • 近代政治
  • 盛岡市出身。外交官として釜山浦領事館勤務を皮きりに、京城、バンクーバーほかに赴任。1899年外務省通商局局長、1904年ブラジル公使。

杉村 陽太郎 (1884~1939)

  • 近代政治
  • 1908東大法学部卒業後外務省に入る。1923年駐仏大使館一等書記官、国際連盟事務次長歴任。杉村濬の息子。

出渕 勝次 (1878~1947)

  • 近代政治
  • 盛岡市出身。1918年中米大使館一等書記官、1924年外務次官、1928年駐米大使。のち貴族院議員。

田子 一民 (1881~1963)

  • 衆議院議長
  • 盛岡市出身。1908年東大卒業後内務省に入り1923年三重県知事。1928年初当選後30年間9選。1941年議長就任。

石川 金次郎  (1897~1953)

  • 社会運動家
  • 玉山村出身。1919年牧民会結成。1929~1945まで4期市議会議員を務める。1946年代議士当選。

横田 チエ (1901~1979)

  • 社会運動家
  • 一戸町出身。戦前の無産運動家横田忠夫夫人。東京、盛岡で社会主義運動を行う。夫の死後1948年みどり会結成。市議3期、のち1959に岩手県議会当選。

原 敬 (1856~1921)

  • 平民宰相
  • 盛岡市出身。司法小学校中退後、新聞記を経て1882年外務省入りし外務次官ほか歴任。1897年辞任して大阪毎日新聞社入社、社長となる。1900年政友会結成に参画、1918年首相。原敬日記など、著書は8冊に及ぶ。墓所は、盛岡市の大慈寺。

米内 光政 (1880~1948)

  • 内閣総理大臣 盛岡市出身。1936年連合艦隊司令長官。1937~1939、三内閣で海相を勤める。1940年内閣総理大臣。1944~45まで海相に復帰。円光寺に墓所

盛岡の地域データ